かばん枠の主役 ― ベニヤ板 ―

 最初のかばん枠は、スマートケースに見られるブリキ枠であった。最盛期には、ブリキの曲げ加工を豊岡のブリキ屋が総動員して曲げを行ったこともあった。後にワラン板の箱、ベニヤ板の箱に変わっていた。3〜4ミリの曲げ加工の技術が完成されてからわは、ベニヤ板の曲げ加工の箱が主流を占めるようになった。
 このように、かばん素材として忘れてはならない1つの合板、つまりベニヤ板がある。本来、建築素材で、曲げて使うことのないベニヤ板を曲げて使ったのである。
 これは、最初、加鹿実太郎が熱でスキー板を曲げる原理をベニヤ板いたの曲げに応用したといわれている。その後、中井たけおが一定の温度で曲げられる技術を確立した。
ベニヤ板を使いだしたのは、それまでのファイバーかばんは、大変重たく、手軽に旅行に使えなかった。その変わりの素材として使われだしたのだろう。しかし、ベニヤ板を曲げるときによく折れたため、合板メーカーの担当者を呼び、その対策をした結果、芯の部分に工夫がなされたとのことである。昭和39年、伊勢湾台風が、合板メーカーの多くあった名古屋市方面を直撃したとき、極端な品薄となり、生産に大きな影響がでてきた。この頃は、輸出が大盛況で、かばんを作っても作っても売れる時期であり、生産が間に合わないこともあった。枠となるベニヤ板が手に入らないことわは、死活問題であった。このため、合板取扱店の関係者が佐川辰夫豊岡市長の要請を受けて名古屋市のメーカーまで、豊岡に回してもらえるよう陳情に行ったこともある。さらに、植村美千男がV字カットのよるベニヤ板の直角曲げを開発し、昭和57年頃より直角曲げの機会が普及し、アタシェの製造などに使われるようになり、ベニヤ板が木枠の主流となったのである。
Vカットによるベニヤの直角曲げ



機械による曲げ加工