「善の巡環」ファスナー作りの心

 かばんに欠かすことのできないものに、ファスナーがある。このファスナーは、ジッパー、チャクとも言い日本では昭和2年頃、広島市に在った日本開閉機会社が作りはじめたものである。
 今でこそ、ファスナーは、製造が機械化され、壊れにくい良質で種々な製品がで廻っているが、、当時は多くの粗悪品があった。これは務歯(ムシ)と呼ばれているものを、櫛を使ってひとつ一つ手作業で植え込んで折り、量産もできず、品質も一定でなかったためである。苦情も多くあったらしい。ファスナーメーカーのYKKでは、新潟県高田市の駅前で「豊岡に納めているカバンファスナーが悪くて困っている」という話を聞き、豊岡に飛んできて、急いで対応したいう逸話も残っている。
 このYKKでは、創業時、吉田忠雄や吉川喜一などが、徹夜で制作したファスナーをリュックサックに一杯詰め込んで、豊岡に来て、「高くてもより良いものを」という方針のもとで精力的に販売を行っていた。
 この良質なファスナーをつかったオープンケース、エレガントケースが品質面からも消費者の信頼が得られ、豊岡を日本に代表的なかばんの産地にした一因と言っていいだろう。また、YKKがせかいを代表する企業となったのは、創業者の吉田忠雄の「善の巡環」というもの作りに対する基本精神によるものであり、この精神は豊岡かばん業界の今後の方向性に大きな指針を与えるものであろう。

世界最古のファスナー



昭和初期のファスナー制作風景
昭和初期のファスナー制作風景