外注加工(縫製)の始まり

 豊岡は地場産業として、豊岡市の基幹産業に位置づけられている。この特徴は豊岡市を中心とした一定の地域内に、材料の確保、製造、外注加工、卸、販売をそれぞれ専門的に行う企業が存在していることである。
 かばんの製造工程歯、36頁図のとおりであるが、その特徴は、一個のかばんを仕上げるのに、一つの工場内で完成さるのではなく、外注加工を主とする分業体制を取っていることである。この分業体制は、雪に閉ざされた冬期間、農家が副業として杞柳製品作ったことに始まると言われている。
 現在の豊岡かばんの製造工程の特徴である外注加工は、スマートケースの製造時に始まったと言われる。スマートケースは、別途に塩化ビニールレザーを袋に縫製したものを、枠にキチッと被せたものである。この縫製技術の普及については、最初、洋服屋の縫い子が家庭用ミシンで縫いはじめたのが、広まったと言われている。この時から、ファスナーつけはファスナーつけマチ縫いはマチ縫いはだけと分業で行った。その縫い手も、市街地周辺の主婦が主であった。
 この分業製造の方法は、発注元であるメーカーが裁断した取っ手、マチ、胴部、ファスナー部などの材料をそれぞれの加工先に配送し、その加工先では自分の担当部分だけを縫い合わせ、次の加工先へと回していくのである。特に、メーカーのほとんどは材料の裁断、半完成品の加工先から加工先への配送・集荷と最後の仕上げだけで、直接自社内で一貫して製造する割合は小さい。
 外注加工は、家庭内職を主としているため比較的低賃金でかばんをつくることができた。その数は、かばんの生産量の増加に伴い農家だけでなく一般家庭にまで浸透し、昭和37年頃には、市の人口の20%以上の人たちが、現在でも10%以上の人々がかばんの生産に何らかのかたちで係わっている。
 近年、かばん製造は、安い人件費を求めて生産が海外にシフトされているため、産地内での外注数量が減少の傾向があり、産地製造の空洞化という問題も発生している。