販売網の整備 ― 産地問屋 ―

 豊岡かばん産地が今までの幾多の厳しい経済情勢を無事乗り切れたのは、新しい素材のファイバー・合成皮革かばんを作っただけでわない。産地が独自の販売網を持っていたことに拠るところが大きいといってもいいだろう。
 この販売網は、江戸時代から明治、大正、昭和を通した杞柳製品の販売によって確立された。ここにも杞柳の果たした役割の大きさが表れている。
 杞柳で確立した全国的な販売網を巧みに活用し、一気に全国に広めた。昭和3年頃に生産を始めたファイバー鞄も、昭和10年頃には、当地の主産業にまで発展させている。
 かばん販売は、産地問屋といわれる会社が主に行っているが、この産地問屋は消費地問屋、小売店との取引が主であり、消費地のトレンディー情報や商品の売れ筋情報が収集しやすい立場にある。このため、バックデザインの決定にあたっては、大きな影響を有している