ケミカル素材

昭和19年頃、共和レザーが塩化ビニールレザー(塩ビレザー)を試作したのをきっかけに、昭和24年頃には各社で一般軟質塩ビレザーの本格的な製造が始まり昭和28年頃には、かばんの材料として出回りはじめた。このため多くの傷つきやすいファイバー鞄は、段々売れなくなり、その座を塩ビレザー製かばんに譲るようになった。
 この塩ビレザーは、そのままゴムの機会で練ることが出来たので、ゴム会社が製造していた。豊岡産地では川口ゴム工業(現ローンシール)や興国化学工業(現アキレス)が生産した製品を多く使用していたが、その確保には大変な努力があったところである。
 昭和24年、東洋レイヨンが本格的に生産を開始したナイロンを昭和30年頃、かばん素材として使用しかけたがナイロンだけでは薄くて使えないため、裏地にゴム加工を施し1ミリ程度にして使用した。
しかし、当初は、製品にして1週間後に、このゴムから橋かけ剤のイオウ分が表面に出て白粉をふき、紺色の生地いることが真っ白になっていることがたびたび発生して悩まされた。研究の結果、安定して生産できるまで1年半ほどかかったが、傷が付かないため、ショルダーなどに使用された。
 昭和34年頃、塩ビレザーの発泡体が出回り軽量化が進んだ。
 昭和36年頃、布地を起毛してウレタン紙に塗ってはがして作った合成皮革が出回った。これまでの塩化ビニールレザーやナイロンレザーと比較して、この合成皮革はかなり薄くなったため、厚いものように調整してあったミシンは、針が太く、また、締まりが悪くなかなかうまく縫えなかったようだ。
 このため、使用していたミシンを調整して縫製していたが、昭和38年頃になってミシンの改良に成功し、本格的に合成皮革を使った製品作りが始まった。昭和39年頃には、改良された高品質の合成皮革が登場した。
 昭和41年頃、人工皮革が登場した。これは、ナイロンを織って縄状に練ったものを1、2ミリほどで切り固めたものに、湿式でウレタンを塗付けたもので、革のように通気性にすぐれている。しかし、最初は、1年ぐらいでナイロンが折れてしまった。
 昭和43年には、良いものが出来だした。しかし、艶出しにニスを塗ると、包装用のセロハンがくっついたり、色を塗ると吸ってしまうこともたびたびであった。
メーカーの協力によりニス塗りの講習会を開き技術を習得した。これは後の革の研究に結びついた。この人工皮革は主にアタッシュ・フライトケースなどの附属に使われている。
 天然皮革は、今日まで、但馬地方の湿気の多いいき気候により、かびの発生と色の移行が原因でほとんど使われていなかった。
 しかし、平成元年頃から、かばんに付加価値が求められたことや、取っ手やスミ部分などの強度を増すために、部分的に天然皮革使用のかばんが作りはじめられた。現在、高級かばんにおいては、それが主流となっており、今後も天然皮革商品への取り組みが重要になっている。