自然・社会的条件による杞柳産業の発達

 豊岡盆地は日本海岸から15キロの内陸にありながら、海面との高低差は約2メートルにすぎない。このため但馬地方を北流する円山川は、豊岡盆地に入って淀み、蛇行して流れ、荒原(あわら)と呼ばれる湿地帯を随所に形成した。この荒原地帯には杞柳の原料となる「コウリヤナギ」が多く自生していた。
 行李を編む時に麻糸は、古来、但馬麻苧(あさお)として、すでに全国的に知られて、多く生産されており、また、行李に使う縁竹も多くあった。このように、杞柳材料が地元で容易にてに入った。当地方は、冬期には積雪で農業等ができず、また耕地が狭小で新田開発の余地が少ないことなどの自然制約によって生み出された余剰労働力があった。この農民余剰労働力が、副業として生計の助けになる杞柳製品づくりへかりたてたところである。
 柳行李は、通気性・容量生、耐久性にすぐれており、生活の向上にともない衣類などの保存容器としての実用性が高く高く評価された。さらに、交通手段の発達とともに、人の往来が頻繁になり、縄掛けをすれば直ちに運搬道具ともなる柳行李の運搬性の利点が認められ、庶民的共感を呼び需要が増大していった。
 豊岡は東京・大阪等の大消費地から遠く離れており、製品の出荷に大きなハンディーがあった。当時、陸上輸送手段の駄馬賃は割り高であったが、柳行李は容量は大きいが軽いため、また、大きな行李の中にだんだんと小さい行李をつめ込む入子方式が可能だったので割安につき、遠隔地にあるにも関わらず、一度に大量な製品を出荷することを可能にした。
仮 挿
仮 挿
春、刈り取った柳は、剥皮の準備のために水田や湿地に仮挿する。5月上旬に剥皮する。



柳行李出荷風景
柳行李出荷風景【明治初期】


御進物行李
御進物行李【昭和初期】
十帖行李とも言う