新素材の発見に向けて

 その時代時代に向けて実用化された新素材は、簡単にかばん作りに導入されたと思われがちであるが、その素材の安定確保には多くの苦労があった。
 当時の豊岡かばん業界は、新しい素材に対し、積極的に取り組もうとする意気込みがあまり見られませんでした。東京、大阪などの産地で商品開発がされ、売れる見込みの手ごたえがあってから、おもむろの取り組んでいたためでもあろう。常にスタート時から大きなハンディーを負っていたことになる。
 豊岡産地が参入する頃には、他の産地では、生産体制も素材の流通体制も確立しており、既に後発グループとしては大変厳しい状況に置かれていた。大阪などのかばん業界が新素材等を流通段階で押さえていたらしい。これは当たり前のことで、大変苦労して開発した商品や製造方法などの成果をそのまま真似されては、たまったものではなかっただろう。
 しかし、厳しい状況の中で次々に発明される新素材が確保できたのは、材料商関係者はもとより、かばん業界人の但馬牛のような粘り強い但馬人気質によるところが大きのかもしれない。 経済基盤の弱い一地方都市の地場産業が、独自の素材研究機関を持つことは難しいことである。
 しかし、豊岡市においては、昭和29年11月、県立豊岡工芸指導所が設立され、さらに昭和30年3月、機会金融試験所但馬分場を統合し、塩化ビニールレザーなど材料の研究応用や金属金具のデザインなどの力を注ぎ、かばん産業を陰で支えた実績もある。近い将来には、常に素材開発メーカーと密接な連携を保ち、他の産地に先駆けて、新しいかばん素材作りに取り組む必用を生じる。
 豊岡・世界かばん博94」では、土に帰るかばん、燃えないかばん、超軽量かばん、形状記憶合金をフレームにしたかばんなど、新素材を使った「夢かばん」を提案したが、新たな取り組みを期待したい。

信頼のマーク
(社)日本鞄協会では、生産から販売までしっかりとした品質管理されている日本製かばんの優秀性をアピールし、消費者の方々に安心して鞄を買っていただこうと「信頼マーク」を付けています。